2012年07月11日

御言葉が降った

「アンナスとカイアファとが大祭司であったとき、神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに降った」。
(ルカ3:2)

神の言葉が降った。
どこに?
大祭司のところ?
違う。
荒れ野にいたヨハネの所に、でした。

どうしてヨハネの所に、だったのでしょうか。
大祭司の方が、立場的にも、
御言葉を伝える効果的にも有利だと思うけど...

ヨハネは、預言者として生まれ、
預言者としての生活をしていたのでしょう。
荒れ野で、自分を厳しく律しながら、
ひたすらに御言葉を求める生活を送っていた。

神さまが全てを成して下さる。
それは事実だけど、
愛の関係を求めている神さまの前に、
神さまを信じる者としての行動、
信仰の行動が求められている。

神の子として、
神の恵みを求めること。
神の導きに従うこと。
御言葉の成就を求めて祈ること。

神の子として
神さまに喜ばれるような、
神の子に相応しい生活を送ること。

その時、
人生を導き、満たし、励ます
そんな御言葉に満たされるでしょう。

posted by Satochan at 06:24| Comment(0) | デボーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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